先程ゼンくんの葬式が終わった。
クリエィティブが呼びかけてくれたおかげでご両親に1000枚近くの写真をハイジからご両親に渡す事ができた。
みんなありがとう!!
ゼンくんも向こうの世界から喜んでくれてると思うよ
本当に良い仲間に囲まれて仕事ができている
今日のブログも少し長文だが、ゼンくんの働きっぷりを知ってもらうためにもお付き合い頂けると嬉しい。
そして、フリーランスだとか色々働き方が増えた中でも企業の中でも、こんな風に頑張るのもカッコイイんだぜって事をゼンくん通して少しでも伝わってくれたら嬉しい。
ゼンくんは18年前くらいにアルバイトで出会った
この写真くらいの頃に夜中の清掃の仕事で一緒に働くようになった。
当時の僕らはスノーボードショップを失敗し、多額の借金を返済するだけの日々を過ごしていた。
僕は日中夜ぶっ通しで働いていた中
埼玉のビデオ屋の夜中の清掃の仕事を獲得したので大学生のゼンくんを雇用し毎日のように数名でハイエースのバンに乗り八王子と埼玉を往復していた。
数年経ち借金も減り会社も平穏を取り戻した頃
記憶は定かではないが、これからの方向性のようなものをみんな集めた中で話していた。
ゼンくんは目をキラキラさせながら俺の話を聞いていて
あ、こういう子と仕事がしたい!
そう思い声をかけさせてもらった。
大卒の彼からしてみたら行くところはたくさんあっただろうに
運が良かったのは俺の方だっただろう
八王子の片田舎の数人の会社が大卒の素晴らしい子を獲得するなんて至難の技だ
そういった意味で俺たちはラッキーな事にゼンくんと一緒に歩めるチャンスを掴めた。
その後、社員として内装関係を
ゼンくんが就職してから2年ほど経った今から16年前
デザインを内製化しようと思いゼンくんに
「デザインやってみないか?」
と声をかけて
それからほぼ独学でデザインを学んできた。
几帳面なゼンくんはメキメキと力をつけてWEB制作からSEO対策までオールラウンダーで活躍の場を広げていく
その後、「動画つくれるようになりたいっす」と声をかけられ機材を揃えて社内の動画の制作物も内製化を進めていった。
今の僕らの様々なビジュアル的なものは彼自身の類稀な努力により作り上げられてきた。
最近では僕が何かやりたい事があると、まず善くんを呼んで話まくる。
それをゼンくんが大枠つくってチームに振る
そんな一連の流れができていたので、僕からすると欠かせない表現力の源だった。
僕に距離が近い仕事をしていたためプレッシャーもキツかっただろう
そんな僕との間を常に保ってくれたのが
葬儀中も彼のおかげで皆んながどれだけ和んだか笑笑
クリエィティブ関係を仕切っていたゼンくんだが
会社がリーマンショックや詐欺でズタズタになり倒産の危機の時には店の受付にたって少しでも生産性を上げようと死にものぐるいで力になろうとしてくれていた。
その後はSNSのマーケティングからF1グランプリの脚本や制作
彼のおかげで、どれだけたくさんのヒーローやヒロインが誕生した事だろうか
人の気持ちを掴みそれを映像で表現する
彼にしかできなかった仕事だろう
今年のF1グランプリは本人も最高の出来だったらしく、終わった後に
どうだ!社長!みたいな得意げな顔をして近づいてきたゼンくんに「最高だったよゼンくん!」と声をかけると
嬉しそうな顔をしながら
「ありがとうございます!その言葉が聞けて良かったです!!」
そういって得意げな顔をしながら会場にいる皆んなを見つめていた
これだけ書けば彼がどれだけ僕らと共に歩んだか伝わってくれただろうか??
色々あり火葬が先になってしまい実家の会津若松で葬儀をやる事になったけど
Twitterの呼びかけだけでだった2日ほどの間に皆んなから写真が集まる集まる
1000枚以上の写真が集まった。
クリエィティブがアルバムつくってるのを横目に
ゼンくんは多くの仲間をつくりながら良い仕事してたなと
今時なかなか言いにくいけど
企業の中でも、こんなカッコイイ奴いるんだぜ
そんな生き方を見せてくれたように思う
彼だけじゃなく僕らの会社には沢山同じような想いを強く持ったメンバーがいる
ゼンくんは道半ばで共にすることはできなくなったけど
そのぶん残された同じ想いを持ったメンバーで続きを力強く歩んでいこうと思う
ゼンくん
命日にでも墓前に報告行くからな
今はゆっくりとゆっくりと安らかに眠ってほしい
ゼンくん
ありがとう!!楽しかったよ!!